鶴見教育工学研究所

タダでITを学ぼう!政府・官公庁のオンライン教材

この記事は、以前このサイトで公開していたものを再公開するものです。

はじめに

筆者は、研修講師なので、自分で教材を作ったり、あるいは研修会社がすでに作成した教材を使って、9時17時オッサンがひたすら喋り続ける、とってもレガシーな研修を日々行っています。多くの場合、それらの教材は、「新卒で研修会社に入って講師しかやったことがない人」1が市販の書籍などを抜粋し、劣化コピーして作っているものです。

筆者自身も、大して変わりはなくて、大学を出て研修会社に入ったので、エンジニアとしての経験はほぼなく、やはり市販の専門書やオープンソースソフトウェアのドキュメント、Web上の技術ブログなどを元に教材を作成します。近年、そのような情報収集をしていると、政府や官公庁のサイト (*.go.jp) に、よくまとまった教材が公開されているのを見つけることが増えてきました。総務省、経産省、厚労省などの省庁がそれぞれ人材育成や就労支援の事業の一環で、ITの基礎や、AIなど先進領域の教育を提供しており、その教材が公開されているものです。実際には、どこかの研修会社やコンサルが受託して執筆しているものでしょうが、そういう仕事をしている人が書いただけあって、「研修教材」として体系化されて、利用しやすいものです。2

この記事では、そのような政府、官公庁が公表している優れた (筆者の主観による) 教材を随時紹介していきます。個人的には、そういうタダでよくできた教材があるんだから、わざわざ「文系学部卒、IT未経験から研修会社に入って、知らない技術を調べながら書いています」みたいな人3が作る教材よりも、きちんと品質が担保されたものを自分のペースで読んだほうが生産性も学習効果も高いのではないかと思います。

研修会社で受講すれば5万、10万かかります。資料をダウンロードして自分で読めばタダです。4

品質は、長年研修会社で研修をやっている筆者自身が見て、同等以上です。せっかく税金で作られているのですから、ぜひ活用してください。なお、ここではいわゆる「教材」以外にも、ITの基礎や最新動向を知りたい時 (=研修を受けたい時) に参考になる、平易な資料も紹介しています。

なお、ここでは大学の教材などは取り上げていません。特にデータサイエンス系の教材などは、Rの自学自習用コンテンツPythonの自学自習用コンテンツなどで紹介していますので、そちらも参考にしてください。

総務省 ICTスキル総合習得プログラム

2023-01-26追記: 総務省のWebページからはなくなってしまったようですが、国会図書館のWebアーカイブにはPDFやZIPファイル含め残っています。

「総務省 ICTスキル総合習得プログラム」は、「データ収集」、「データ蓄積」、「データ分析」、「オープンデータ・ビッグデータ利活用事例」の4つのコースで構成されます。各コースは5つの講座から構成され、合計20講座でICTに関する基礎知識、基礎技術の全体像と各論を学ぶことができます。「各講座の概要一覧」には、各講座の説明内容の概要およびパート構成に加えて、アクセス情報と学習方面・難易度が示されています。アクセス情報に示されているQRコードを利用すると、スマートフォンやタブレット端末から簡単に教材のPDFへアクセスすることができます。

「データ分析」の章では、ExcelやRを使った実習問題も用意されており、資料を読むだけでない、実践的な学習ができます。

厚生労働省 高度IT技術を活用したビジネス創造プログラム

一般社団法人ソフトウェア協会が作成、実施した事業の教材のようです。以下の幅広い領域の教材と、講師向けのマニュアルが公開されています。

  • デザイン思考
  • 仮想化
  • AI (基礎)
  • IoT活用
  • セキュリティ
  • アジャイル開発
  • ビッグデータ
  • 顧客分析・企画力養成

厚生労働省 開発した教育訓練プログラム

キャリアアップやキャリアチェンジを目指す労働者を対象とした、技術革新を反映した最新かつ実践的な知識・技術の習得に資する教育訓練プログラムを業界団体、大学等に委託して開発しました。

ということで、AI、IoT、データサイエンスなども含む広範な領域の教材が無償で公開されています。IT分野を対象とした研修講師の養成プログラムもあります。

IPA マナビDX - あなたの学びに変革を!学んで身につくデジタルスキル​

2021年度まで、経産省の「巣ごもりDXステップ講座情報ナビ」として、さまざまな研修会社のコンテンツを無償で受講できる仕組みとして運営されていたものが、2022年4月からIPA所管のサイトに変わったようです。GoogleやMicrosoftのAIに関する無償プログラムを受講できたり、有償講座の受講料補助が受けられます。

科学技術振興機構 博士Compass:研究人材のためのe-learning

やや古いですが、さまざまな分野の基本的な事柄をe-Learning (動画) で学べます。特にITに関しては、以下のコースが関連するでしょう。

総務省 自治体におけるAI活用・導入ガイドブック

  • 【PDF】https://www.soumu.go.jp/main_content/000820109.pdf

これは、教材ではないですが、自治体に限らず民間企業においても、「AIとは何か、何ができるのか」「どうやって導入・活用したらよいのか」を知るための、とても優れた資料です。2021年6月に公表されました。

それ以前から、筆者もAIプロジェクトの進め方に関する概論的な研修教材を作成し、実施していますが、そこで語っていることがほぼすべて書いてあります。そのため、最近では「みなさん今日〇万払って研修受けていますけど、同じことがこれに書いてあります。同僚の方とかにはこちらをお薦めしたほうがいいですよ。タダですから」と述べています。5

豊富な事例や、ステークホルダーの整理、予算の編成などさまざまな分野について、総務省や自治体の実践に基づく知見が記載されています。

文部科学省 高等学校「情報科」教員研修用教材

こちらは、2022年度から必修化された、高校の「情報科」を担当する教員向けの講義ガイドです。情報科では、研修会社の新人研修で扱うような、「コンピューターの仕組み」や「OSの機能」といったITの基本的な部分から、ITシステムの開発プロセス、セキュリティ、PythonやRを用いたデータサイエンスまで、幅広い内容を扱うそうです。

高校で実際にどこまで取り上げるのかはわかりませんが、この教員用資料は全トピックを、「大人向け」に説明しているので、ITの全般的な入門書としてとても優れています。個人的には、研修会社の新人研修でよくある「〇〇を身近なものに例えてみよう」といった無意味な演習・グループワークなどがないので、新入社員の方もこれを通読したほうがよっぽどスピーディーに、ITの知識を身に着けられるのではないかと思います。

情報処理学会 IPSJ MOOC

上記の情報科の必修化に関して、情報処理学会も教員向けの解説コンテンツを公開しています。Eテレの高校講座や放送大学のようなトーンで、大学の教員などの専門家がわかりやすく解説しているので、やはり「大人」としては6これくらいがわかりやすくて良いのではないかと思います。

IPA 情報セキュリティ啓発

情報セキュリティも、企業の新入社員研修などでよく扱われますが、モノによっては新入社員が直接的にかかわることがすくないISMSなどの仕組みを延々説明するだけの、役に立たない研修もあります。IPAが情報セキュリティの啓発のためにさまざまなコンテンツを提供しており、こちらを見た方がよっぽど役に立ちます。ここからセキュリティ! 情報セキュリティ・ポータルサイトなどで、多数の学習コンテンツが公開されています。

NISC インターネットの安全・安心ハンドブック

内閣サイバーセキュリティセンター (NISC) では、サイバーセキュリティに関する普及啓発活動の一環として、ハンドブックを公開しています。こちらも、情報セキュリティの学習コンテンツとして有用です。

IPA AI白書2019

AI白書は、IPAがここ数年発行しているものですが、基本的に最新版は印刷物や電子書籍として販売されています。以前のものがIPAのサイトで公開されています。現在は2019年版と2017年版が公開されています。2017年版はさすがに古くなっていると思いますが、2019年版については、日本の大企業の人事や中小企業の経営層は、ようやくこの時期の事柄に意識が向き出した頃7なので、ある意味でちょうど良いのかもしれません。AI技術の概要や、業界動向、事例などが豊富に紹介されています。

IPA DX白書

こちらは2022年の2月に公開されたばかりの、比較的新しい白書です。2018年頃から、経産省のDXレポートをきっかけに、DXがバズワード化しており、おそらく2020年代の新入社員のみなさんも、エラい人がDX, DX言っているのを耳にしていると思います。その、DXに関するさまざまな調査結果やDXの取り組み方 (要素技術や考え方のフレームワーク等) が整理されています。2021年版と2023年版が公開されています。

おそらく、インチキ臭い講師の「ITトレンド」研修より、よっぽど正確だと思います。

総務省統計局 高校生のための統計学習教材

総務省統計局が提供している、データサイエンスのための教材です。高校の数学や情報科で補助教材として使用することを念頭に作成されています。社会人になって、統計学やデータサイエンス、AIといったキーワードに興味を持って、勉強しようと思っている方に、ちょうど良い教材だと思います。

総務省統計局 高等学校における「情報II」のためのデータサイエンス・データ解析入門

同様に、統計局が公開している補助教材です。統計学から一歩進んで (?) 機械学習などのデータサイエンス領域の知識を学習できます。Google Colabなどで実行可能なJupyter Notebook形式のプログラムも提供されています。

総務省統計局 データサイエンス・スクール レベル別教材

初心者向けから上級者向けまで、統計学についての基礎的な知識が学べる教材が提供されています。

数理・データサイエンス・AI教育強化拠点コンソーシアム 数理・データサイエンス・AI教材

本コンソーシアムは、「文理を問わず全国すべての高等教育機関の学生が,数理・データサイエンス・AIを習得できるような教育体制の構築・普及を目指」す大学横断の組織です。「コンソーシアムが公開したリテラシーレベル及び応用基礎レベルのモデルカリキュラムの全国展開に向け,東京大学 数理・情報教育センターが開発した」豊富な教材が公開されています。

九州大学 データサイエンス概論I & II

九州大学が、上記コンソーシアムのカリキュラムに対応する教材として開発した資料が、無償で自由なライセンス (CC-BY) で公開されています。このデータサイエンス概論では、統計学や機械学習の基礎知識から、Pythonプログラミングの基礎とデータ分析の実践まで、幅広い範囲をカバーしています。

統計データ利活用センター ビジネスパーソン向け統計データ利活用1dayセミナー

統計局の外郭団体 (?) の独立行政法人統計データ利活用センターが開催したセミナーの教材と補助資料、動画が公開されています。講師は、「統計学が最強の学問である」シリーズで有名な西内啓氏です。ビジネスで統計・統計学を利用することについて、わかりやすくまとめられています。

一般社団法人全国専門学校情報教育協会 専修学校リカレント教育総合推進プロジェクト

一般社団法人全国専門学校情報教育協会が「専修学校リカレント教育総合推進プロジェクト」事業として、各地の専修学校に委託した教育プログラムの成果が公表されています。各種の技術に関する豊富な教材がPDFで公開されています。

厚生労働省 Pythonで始めるプログラミング

PDFしか引っかからないので、どういう事業・予算で作られたものかよくわかりませんが、Pythonの環境構築から文法の基本、データ分析の基礎まで幅広くカバーした入門教材です。


  1. 教育ベンチャーなどでは「現役エンジニアが教える」を売りにすることが多いですが、メーカー系研修会社はほとんど、講師専業で、エンジニア経験のない人が教えています。だいたい2年目くらいから、現場に出たこともないのに「現場では~」「実務では~」とかググって出てきたことを語り出します。 ↩︎

  2. 書籍とは異なり、スライド1枚で1トピック、というように研修で講師が説明するスタイルに合致している、という意味です。 ↩︎

  3. 個人的には、これはマーケティングとしてプラスなのだろうか、と思いますが。 ↩︎

  4. とはいえ、「会社のお金で、就業時間内にしか勉強したくない!」という人も数多くいるので、社会人研修という業界が成り立っているのですが。 ↩︎

  5. それもどうかと思いますが。 ↩︎

  6. さすがにトピックごとにキャラクターが出てきてドタバタ小芝居をするようなのは飽きてきますので。 ↩︎

  7. 研修会社では、どういうわけか2021年頃から「ビッグデータ」「IoT」研修の受講者が増えています…。それ、私が8年前に書いた教材なんですが…。 ↩︎